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スワミと日本で初めて出会う

 

平成9年9月19日

序文
 安部賢司氏の名前を実名で掲示することには意義があります。彼の存在なくしては「スワミ・カレスワール」 が日本人の間で知られることはありませんでした。インドでサティア・サイババに会いインタビュー(面会)を頂き、日本人を連れてインドを旅する間にインド人のガイドを通じてスワミ・カレスワールの存在を知りペニコンダへ行きました。スワミを日本人に紹介した第一番の功労者が安部賢司氏なのです。今では彼はスワミのいるペニコンダへ行くこともないようですが、彼の代わりにスワミのところへたくさんの日本人が行っています。又その中には芸能人もいますが、安部氏の功績を称えることなく、今スワミのアシュラムにいる日本人が自分たちのみが正当なスワミの後継者のような振る舞いをしています。このことに関して安部氏は何も言いません。彼自身がスワミになったからでしょう。又彼は「バラ・サイババ」の存在も日本人に紹介した第一人者です。


出会い
  波動水(本当に身体に良い水)についての興味があり、この波動を測定する器械の販売店が松本市にあるということを知り、8年8月30日松本市の未知領域研究所・安部賢司氏を訪ねました。
安部賢司氏は、もじゃもじゃ頭で有名なインドのサイババに会ったことがあり、この時に仏像を頂いたらしく、日本テレビ(司会者が永井美奈子さん)の番組に出演し、仏像の鑑定をしてもらったそうです。波動測定機材の情報をもらいに行ったにも拘らず、2時間滞在したうち1時間45分は、サイババに会って仏像をもらったこと、サイババがもう一人いること、及び日本人女性心霊治療士の映像(日本で行なった心霊治療のビデオ映像)を見せられ最後の15分だけ目的の機材の話でした。サイババの話の中で、来月サイババの愛弟子のインドの聖者が日本に・松本にやって来るという話が出て来ました。この日は、サイババにもインドの聖者にも興味が無かったので、肝心の聞きたいことが僅かしか分からなかったことへの不満の気持ちが一杯で帰宅しました。
 10日程経ってから、何故かインドの聖者のことが気になり、安部部氏に電話を入れたところ、15日から日本に来ていますが、松本(長野県)へは18日か19日頃には、いる筈なので是非来て下さいとのことでした。  9月19日。家内を伴って未知領域研究所を訪ねました。

物質化現象
 サイババの愛弟子のインドの聖者とのことでしたが、いざ会ってみると若い可愛いお兄ちゃんという感じがしました。夫婦で別室に呼ばれ、何か希望はありますかといわれたので私は十二指腸潰瘍で胃が痛く、又家内は左の膝が痛く曲げられない状態でしたので夫婦のからだの治療をしてくれと頼みました。 コップに水を入れて持ってこさせた後、テレビのサイババの動作でお馴染みの、右手をくるくると回し始めました。何をするのかなと思って見ていると、突然その指先に白い粉が現れた。この白い粉をコップの中へ入れ、飲みなさいと言われました。この粉が「ビブーティ」というもののようでした。ビブーティ入りの水を飲み終ると、突然「タバコは何を吸っているか。一日にどれくらい吸っているか。タバコを止められないか」等と英語で聞いてきました。私は、「一日に20〜30本吸っている。急には止められないが一日に10本に減らすことならば約束できる」、と約束した後退室しました。

 退室すると、安部氏が待っており部屋での状況を話しました。すると安部氏が「 I さん、ミラクルを見せてもらいませんか。」というので、何だろうと思い、「見て見たい」と答えました。「では、今日からタバコを止めましょう。タバコと引換にミラクルを見せてもらいましょう。」というので「いいですよ」と言うと、私の胸ポケットからタバコとライターを取り上げごみ箱に捨てました。「 I  さん、どんなミラクルを見たいですか」と言うので、「指輪を出して欲しい」と注文しました。今度は、私一人だけ別室に連れて行かれました。先ず私の両の手のひらを前に出させ、その上にビブーティを撒きました。次に、水晶のネックレスを私の掌の上に置き、ネックレスの上に水晶玉(長さ10cm,直径5cm位)を置きました。私の右手のひらのビブーティを自分の左手のひらに僅かにこぼさせ、更に自分の人差し指にビブーティを付けた後、彼は自分の両の手のひらを重ねこすりあわせ始めました。
 4〜5回位こすったでしょうか。重ねた手のひらを離した時、彼の左手の上に厚さ1ミリ、直径7〜8ミリ位のコインのようなものが載っていました。それをつまんで私の手の上に置いた途端、突然立体的になり、ダイヤモンドに変わりました。(後日計って分かったことですが、1グラム強、5カラット以上ありました)。指輪の石だけを出してもらった格好になりました。台座は、銀で作りなさいと指示されましたので9月30日現在発注中です。
 ダイヤを出してもらったことでは驚きも畏敬もしませんでしたが、私の全身に鳥肌がワーッと立ったことに驚きました。

  私くし I の49年の人生において特異な体験をした日の夜、ママさんバレーのコーチをやる日と重なっていたので練習場へと向かいました。(ママさんバレーのコーチは昭和42年からやっています)。久しぶりにバレーを楽しんだ後、何気なく本日体験した不思議な話をしたところ、ママさんのなかに、身内の子供に3歳の頃に脳の発達が止まり現在10歳になるが未だ歩くことも座ることも話すことも出来ないでいる子供がいると聞かされました。あっちの医者が良いと聞けば連れて行き、こっちの拝み屋さんはご利益があると聞けば連れて行ったそうですが、どこへ行っても治らないといわれてきたそうです。

難病の少女
 昭和61年12月19日生まれの女の子で、「レット症候群」という病名だそうです。母親は
テレビでサイババがいろんな奇跡を行っている映像を見る度にこの子をインドへ連れて行ってやりたいと思ったそうです。しかし、インドに行ってもあれだけたくさんの人が毎日集まっているのであれば、日本から行ってもサイババに声を掛けてもらえる機会等は殆ど無いだろうと、諦めていたそうです。そこへ私の体験談を聞き、是非インドの聖者に会わせて欲しいということになったようです。いくら医者に行っても絶対に治らないと言われている難病なので後は神頼み、奇跡しか無いと考えたようです。

 平成8年9月20日。この子をインドの聖者(スワミ・カレスワール)に会わせました。スワミはこの子の顔を見た途端、「この娘は脳の神経が切れている、インドへ60日間滞在し、2日に1度の治療を受ければ必ず治ります。」と言いました。この後、空中から仏像を取り出して見せて、「この仏像はこの娘と母親以外の者には触らせてはいけない。毎日、仏像に牛乳と水をかけ、1年間この子に飲ませなさい。1年経てば必ず変化が出る。」と言いました。仏像を頂いたのは、日本人では4人目で、大変栄誉なことだそうです。聖者からインドへ来いと言われた母親は、落胆の色を隠しませんでした。と言うのも聖者に会えば何か良い兆候が出るもの(一人で食べられるようになったり、話しが出来るようになったり)と淡い期待を抱いていたようですがいきなりインドへ・・・と言われたことがこたえたようです。費用的に、付添の肉体的に、言葉の問題、現地医療機関の受け入れ調整、渡航の手続き等々に。
 この子の両親とも(特に父親)がインドに行って帰って来たら宗教団体から巨額の費用請求が来るのではないかと強烈に危惧している(警戒している)ようです。過去に何か大変なことに巻込まれたようでした。この件に関しては、全て私が間に入るから一切心配しないようにと強調しておきました。
 結局インドへ行くことはありませんでした。

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